『よその子ばかり面倒みて!』

(H・Cさん 40代女性 沖縄県在住)

子どもが熱を出してもなかなか仕事を休めない彼女。
教師として他人の子どもの面倒ばかりみることで自分を責めてしまう。
何故、感情が揺さ振られるのか?と考えてみると、母方の祖母も父方の祖母も他人の子どもを預かり育てていた体験があった。その血を受け継ぐ父と母は同じ傷をもつ者同士。
祖母達の苦しかった感情と向き合うことで安心感に変わりました。
もう罪悪感をもつ必要はない!

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『よその子ばかり面倒みて!』

私は教師として子ども教育に携わる仕事をしています。
仕事を休むことが難しくて、自分の体調や、自分の子どもの体調も仕事の次・・・という仕事の仕方をしていました。

ある日、長女が熱を出しました。
仕事を休むことができず、実家へ預けることになりました。

いつもはそんなに長引かない熱も、この時は3日たっても40度の熱が下がりません。
病院で検査をしてもらっても、インフルエンザや他の感染症も出ず、原因が解りませんでした。

4日目になり、そんな娘を気にしながらも、夫の実家へ預けて仕事へ行きました。
午後になり、娘が吐き戻しぐったりしているとのメールが義母から入り、いても立ってもいられなくなり、仕事を早退しました。

実家へ迎えに行く途中に、義母にも電話を入れて、すぐに迎えに行く旨を伝えました。
その道中、強烈にでてくる感情が・・・
「他人の子どもの面倒ばかり見て!!」というものでした。
そんな自分が嫌で、そんな自分を責め、泣きながら運転していました。

ミロスを知ってまだ間もない私は、こんな時こそしっかり自分の感情をみないといけないのに、ミロスで出合った仲間で仲良くして下さっている先輩に「娘が40度の熱を出し、4日目です。これから迎えに行くのですが、もうミロスどころではないです」と少し愚痴ってしまいました。

するとその方からの返信が「大丈夫ですよ、しっかりみましょう」でした。
だから、それどころじゃないんだけど・・・と思いながら、なぜ?なぜ?
私は“他人の子どもの面倒ばかりみて”と強烈に思ってしまうのかを考えていました。

そんなことないんだけどな、自分の子どもも家族も大事にしているんだけどな・・・と思っていると、はっと思い出したことがありました。

私の母方の祖母の話になります。
祖母は、祖父の連れ子である2人の子どもを(私の母にとっては義理の兄と姉にあたります)、私の母の兄弟4人(祖父と祖母の間にできた子)の子ども達と分け隔て無く育てたと、母の妹に聞きました。
母達も皆、義理の兄と姉が本当の兄と姉だと思っていて、大人になって本当のことを聞かされるまでわからなかったそうです。

私の強烈に感じたあの“他人のこどもばかり面倒をみて”という、自分に対する責めの言葉は、母方の祖母の感情と同じだったんだ、とわかった瞬間に先ほどとは違う涙が出てきました。
祖母も苦しかったのだ・・・と。

それがわかったと同時に、母は祖母に愛されなかった記憶を子どもの私に話していたけれど、そんなことはなかった、母は祖母に愛されていたのだとわかりました。
なんだ、この感情を紐解くための経験だったのかと・・・
“もう終わった!”と私はその時思いました。

そして、実家へ娘を迎えに行くと、なんと、ぐったりしているはずの娘が、起き上がって私に抱きついてきました。
「あれ?熱が下がったの?」と聞くと義母が「少し下がってきたよ、薬が効いてきたかもね」と話してくれました。

娘を連れて家へ帰り、娘との時間を過ごしていると、またもや、はっと思い出しました。
“他人の子どもの面倒をみていたのは父方の祖母も全く同じだ”と・・・

父方の祖母は、戦争でなくなった自分の姉の子ども4人を引き取り、自分の子どものように育てていました。
父は一人っ子でしたが、そのため義理の兄弟は4人います。

なんだ、なんだ、私の父母は同じ傷を持ったモノ同士だったのです。
全く違うと思っていた二人が実は同じ傷を持っていた・・・
驚きと同時に押し寄せたのは安心感でした。

すると、不思議なことに娘の熱はその夜をさかいに、平熱に戻り翌日から元気いっぱいでした。
魔法のような不思議な出来事でした。

その後、その出来事を仲間の皆さんの前で話する機会がありました。
するとある方に“よかったね、娘さんはその感情をもう引き継がなくていいんだね”と仰っていただきました。
そんなことも何度も聞いていたのに忘れていた私は、あのとき押し寄せた安心感は、この安心感もあったんだ!と嬉しくなりました。

祖母達の強烈な思いを、経験させ溶かすために、40度もの熱を4日間も出してくれた娘。
その出した熱を無駄にさせずに、しっかりと見つめさせてくれた仲間に、このシステムに出会うことができたことに大きな感謝の気持ちでいっぱいです。