『いのちのバトン』

(I・Cさん 40代女性 福岡県在住)

非常識な父を許せなかった彼女でしたが、父の人生をよくよく見てみたら戦争体験で実兄や友人を失い、辛い過去があり過ぎたのだ。
父から体験を語られることが殆どなかったのはよほどのことだと解り、亡くなる数年前に父の言葉で“ずっと愛は外にあると探し求めていたけれど足元にあったよ”と言ってくれた父の優しい言葉で、一瞬で母も彼女も癒やされたことを思いだしました。

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『いのちのバトン』

今、真剣に観ないとずっと振り回されるよ”という仲間の言葉に心が動かされてLifeコースを申し込みました。

そこで揃った仲間は、大変な体験をされた方々の集まりでした。
私こそが悲劇のヒロインだと信じていましたが、仲間の次々と繰り出される体験に、開いた口がふさがりませんでした。(驚き)

私の体験は、もちろん父から・・・
78才で死んだ父は、75才まで現役で女遊びをしました。
仕事は母に任せ、私の隣でデートの約束をする非常識な父が許せず、父を嫌い、大学からは親元を離れてそのまま就職しました。

父は農家の15人兄弟の次男ですが、本家を継いでいました。
実はこれには、辛い過去があるのです。
大正生まれの父は、兄と海軍の同じ部隊として出兵します。
しかし、兄は昭和18年戦死しました。
父は終戦から5年ほどして復員したようです・・・・(復員までかなり長いです??)
その間のことは誰にも一切話さず、親兄弟に聞いても知りませんでした。

私が小学生の時、戦争体験を聞いてくるという宿題が出ました。
私は、父が45歳のときの子どもです。
クラスで出兵した父を持つ人はいません。
得意になり父に尋ねてみると、“そんなことは学校の先生に聞きなさい”と素っ気ない返事。
食い下がり、やっと出てきた言葉は・・・
“風呂に入っている時に襲撃され、素っ裸で逃げた"ということだけでした。

私はもっと臨場感タップリの話を授業で発表したかったのですが、それ以後父は一切私に戦争体験を語ることはありませんでした。
すると講師は、“戦争体験者は、語れないほど不条理で、生死に関わる体験をしています。きっと、自分が生きて帰ってきたという罪悪感と、戦前の価値観と180度変化した日本に生きる価値を見失い、好き勝手な生活をしなければ生きていかれなかったのよ”と即答されました。

なぜ、父はそこまで罪悪感を持たなければいけなかったのか?
生還できたことは喜ぶべきことではなかったのか?
多くの疑問に対し私は、ただただ深く観てみました・・・

父の生まれた地域は、出兵者の半数が戦死しています。
やはり、罪悪感なしには生きられないよと感じたとたん、胸が熱くなりました。
ここに男性の“戦争に勝つ“という責任を果たせなかったこと、自分だけが生きて返ってきたこと、

そこからくる
父の持っている”罪悪感“を強く感じることが出来ました。

戦争で後家となった同級生の奥方に次々に手を付けたり・・・
父の戸籍に残る異腹の子は6人。
果ては、唯一の息子に(他はすべて女の子)財産の3/4を騙し取られたことが死の引き金となりました。

父の人生や命と同じだけの大きな罪悪感。
この正体はいったい何だろう?
戦争における罪悪感の裏側には従順・・・
兵士はこれに尽きます!!
あまりにも辛かっただけに“やりたい放題!” をするしか仕方なかったのでは???
コレだ!
父の正体は、戦争体験からくるもの・・・
ずっと苦しかった得体の知れなかったものだ!

ここまでが観えたとき、ハッとしました。
私も罪悪感の中で生まれ成長してきたのを感じたからです。
婚外子として誕生し、父の祖父母からいじめられ、斧を手に祖父に向かって行く幼少期の記憶。
農家で、新米は春からというほど米が蔵にはあるのに、母と私には食べさせる米はないと言う祖母。
祖母が病臥した12才頃までの私は、お釜にこびりついたごはんを食べ、母はそこへ湯をかけただけの重湯と漬物が食べ物でした。
私が生まれてこなければ、母は父と結婚もせず農家の苦労もせずに済んだのに・・・
浮気がひどく、夜討ち朝駆けをしたことも、朝晩働き続けられたのも、母からは私がいたから頑張れたと聞くにつけ、私自身は生まれたことへの罪悪感を覚えていました。

えっ、この罪悪感は代々のもの?
ここまで引き継がれた?
ご先祖様のホープなの?ワタシ?・・・

こんなことを思い出しました・・・
7か月の時に1500gで生まれた私は、何度も死の淵を彷徨った時に、山伏だった父は願掛けの行を75日してくれたこと。
普段食べられない私達のため、夜中に寿司、鰻の土産を買ってきてくれたこと。
実はたくさんの愛を注いでくれていたことを初めて感じることができました。

そして父が死ぬ3年前に・・・
“ずっと愛は外にあると探し求めていたけども、足元にあったよ”と・・・
そして家族こそが、愛そのものであると嬉しそうに優しく言ってくれたということを・・。
この言葉を聞いた母と私は、一瞬でやりたい放題だった父を許せたのです。

片側だけでは成立しないし両方ある。しかし、どちらもない!
このことを今回のLifeコースで体験させて頂きました。
まさかのまさか。両方を感じることでこんなに軽く生きられるなんて、まさにミラクルです。
感謝を忘れずに“私” を生きようと思います。

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