『このままの私でよかった!~ 頑張る生き方からの解放~』

(Tさん 40代女性 大阪府在住)

頑張る生き方しか知らない彼女にとって「もう頑張れない!」と夫にいうことは、自分にとって敗北であり抵抗感でしかない。
しかしそれを言えたときに、夫の言葉は「ゆっくり休んだら・・」でした。
漸く夫を信頼し委ねることが出来たのです。
癌の告知を受けたことで、今までのように体を壊すまで頑張るという生き方を見直すことが出来、夫と共通の趣味を楽しむまでになったそうです。
その後癌は消えたようです!

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『このままの私でよかった!~ 頑張る生き方からの解放~』

ミロスが分からず・・・
自分が原因とは頭ではわかっていました。
分からない自分を責めては、人生がつらいと感じていました。
楽しいという感覚がわからず、息苦しくて、人生は暇つぶしと思って生きていました。
楽しくて、ワクワクする感覚を知りたい!とも思っていました。

私の幼少期は父の暴力を受けていました。
父の会社の倒産、夜逃げを経験、両親は離婚。
転校も多く、いじめられ、人間不信が消えることはありませんでした。

大人になり、自分を不幸にしてきた父を見返してやる!という思いで、看護師などの様々な資格を取り、国公立系の病院に勤めて、キャリアを重ね、がむしゃらに働いていました。

看護師は体力勝負の仕事であり、年齢とともに、病院勤務ではなく、夜勤のない企業で働くのが私の夢でした。そのための資格を取りますが、10社以上の企業の面接に失敗し、どんなに頑張っても認められない人生に絶望しました。

私は16年前に結婚し、夫は公務員、私は病院勤務をしており、収入は安定していました。
はたから見ると、まずまず、人生、成功したかのように見えていましたが、キャリアを重ねても満たされることはなく、自分の“無能さや無価値感”が消えることはありませんでした。

その後、夫は精神的にダウンしてしまい仕事を辞めてしまいました。

私は、ミロスに出会っていたので「辞めていいよ」といったものの、その時の私は扶養範囲内で緩く働いていたのでした。
それを機に、私は経済の不安から、夫の分まで稼ごうと仕事を3カ所、掛け持ちすることになりました。
ほとんど休みなく夜勤までして、とことん働き詰めました。

子どもの頃に、父の会社の倒産があり、両親の離婚、夫の退職、経済の不安から、ミロスを知っていても頑張る生き方を手放せませんでした。

そして・・・
夫は3年もの間、定職につかず、家で好きなことをし、ぶらぶらして過ごしていました。
私は夫に対して『ゆっくり休んで、英気を養ってくれたらいい』
また働いてほしいと思っても、追い込んだらいけないと思って何も言えずにいました。
時には、ハローワークに二人で行っても、夫の反応はとても薄いものでした。

毎日がへとへとですが、頑張っている自分が好きで、美徳だった私にとって、しんどいのは当たり前でした。
定期的に受けていた検診で思いもよらず、“子宮がん”が見つかってしまいました。

子宮がんが見つかった時、生き方を変える転機がやってきました。

『もう体が限界と言っている。この生き方を続けていたらだめなんだ!
自分に対して愛がなかった。今まで自分を酷使して申し訳なかった。
今まで頑張ってくれてありがとう』

自分への感謝の気持ちが湧いてきました。

どこまでもできると思っていたのに、初めて『もう頑張れない』と感じました。
そして『できない、頑張れない』と、夫に言うことに物凄い抵抗感を感じてもいました。
それはこれまでの自分にとって敗北でした。

私:「もう頑張れない。助けてほしい」
夫:「頑張りすぎだと思っていた。しばらくゆっくり休んだら」

夫の言葉で、私は夫に頼らず一人でずっと頑張っていたこと、それを夫はずっと見ていてくれたこと。
もっと夫を信頼して、2人で相談してもいいのではないかと立ち止まりました。

私は、経済の不安から立ち止まることが許されず、頑張る生き方しか知らなかったのです。
私が頑張ることで、夫のチャンスを奪っていたことにも気づかされました。

私は夫の姿を見て、私はずっと休みたかった。
好きなことをして暮らしたかったこと。
夫は働かない自分に罪悪感を持っていること。
私自身も自分に休むことを赦さなかったこと。

夫と私は、全く同じものだと知りました。

数日後、休日をしっかりとって、私は仕事を減らして、働くことにしました。
すると、私のバイト先から求人が貼り出されており、夫に写メに撮ってみせると、すんなりと、「行く」といいました。
(3年もの間、何をしても反応しなかったのに!)

それから、夫と二人で履歴書や職務経歴書を作成。
夫の売り出し方を考えて、話し合っているプロセスがとても楽しく思いました。
雇用主の立場に立って、書類を作成したので、もうすでに受かっている感覚がありました。
50歳過ぎにして夫は内定しました。

子宮がんのほうはこれまで、3回検査し、全て異常なしでした。
先生からもエコー検査し「何もない、とてもきれい」とのことでした。

わたしは、癌が見つかったことで、自分の生き方の傾きを教えてくれたと感じました。
私の両親や祖父母も夫婦で相談することもなく、どちらか一方が背負って、体を壊すまで頑張って、頑張って・・・生きてきたんだなぁ~と感じました。
祖父と父は癌で他界しています。

頑張る生き方が終わり、夫を信頼して、委ねる生き方がとても心地よいです。
そして、夫とともにあり、結果よりも、プロセスを楽しんでいる自分に驚いています。