『戦争は私の内側にあった!!』

(T・Hさん 60代男性 福井県在住) 

2012年9月15日新聞1面に「米ロ合意シリア攻撃回避」という見出しが躍っていてた。
静かな感動が身体を突き抜けた。
アメリカ大統領が、明言した軍事攻撃を、“撤回”するというのは歴史上初めてではないのか。
攻撃回避の知らせを聞き、安堵感が身体に広がる。

3次元の世界では様々な政治力学が働く。イギリス、アメリカ、そして世界の“攻撃NO”という世論の高まり、ロシア大統領の化学兵器の国際管理の働きかけなど、色々な動きがあった。

今日、あるミロスの講座を受けた。
そこでミロスの実践により社会問題、経済問題、戦争も終わると改めて感じられた。
今まで私の家族や身の回りで様々なミラクルがおこり、家族を救ってもらい本当に感謝している。

しかし私の中で、「本当にミロスは戦争や社会問題すらも終わらせることが出来るのか?」と言う点で、素直に受け取ることが出来ていなかった。
疑問をもっていた。
信じ切れていなかった。

しかし、講義を受け、この「シリア攻撃回避」というニュースで今までの私が最終的に解体されつつあるのを感じている。
講義では、私たちの“自己否定”、“罪悪感”が、“夢や理想”、“こだわり”を生み出していると聞いた。
自分を振り返りそのことが本当だと実感する。

私は小学校時代から何をしてもできない、ダメな子、落ちこぼれであり、自分に自信を持つことができず、自分のことをまったく肯定出来なかった。
悲しい子どもだった。
そして、お袋と親父も、そう見えていた。

お袋は気骨のある強い祖母のもとで、楽しむことを知らず、自分を殺して我慢して家族のためだけに生きる人生であった。
百姓として身を粉にして働き続け、58歳という若さで、筋肉種で亡くなったお袋。
私の目にはお袋の人生が悲しみ一色に見えた。

親父は昨年亡くなった。高校教師をしていた。
生徒や地域のために熱い思いをもって教育に取り組む姿勢に“尊敬”を抱いていたが、同時に、研究職を辞めて家のために田舎へ帰り、高校教師として人生を送らなければならなかった父の姿には、“悲しみ”と“欠乏感”を感じていた。

私はこの“悲しみ”と、“自己否定”、“欠乏感”から脱出するために為に頑張って生きてきた。
それが一つの強烈なこだわりを生み出した。
そのこだわりとは、「自分は強くなって悲しみの中の、不幸の中にいる人々を救わなければならない」という考えである。
私は、「苦しむ子ども達を救いたい」と教師になった。労働運動にも力を入れた。

また部落差別の解放を目指す、部落解放運動に身を投じた。
「人間が神に変わる時がきた。人間を卑しめるのではなく、尊敬することにより差別からの解放をめざす。人の世に熱あれ!人間に光あれ!」…と呼び掛ける全国水平社宣言の力強さに自分自身も救われるのを感じた。
人生をかけようと思った。

そして反戦平和運動にも関わり、ブッシュ大統領のイラク攻撃には、「多くのイラク市民を死と不幸に追いやってはならぬ」と毎週デモに参加した。
「地球を救わなければならない」と、地球環境問題や脱原発運動にも取り組むようになった。

全てに共通するのは「救わなければならない」という思い。
これが私の人生の基本的な原動力となっていた。
本を読みあさって、どうすればいいかと考え、答えを見つけ出そうともがき、この世を貫く法則を見つけ出したいと、あがいてきた。

経済・政治・環境・社会・心理・精神世界・宗教の本や雑誌、マルクスから神智学まで。家は本の山となっていた。
常に手には本を持っていた。本が私の精神安定剤だった。
しかし何処まで行っても確たる“答え”はなかった。
これだと思えた次の瞬間、崩れ始めるのである。

ミロスに出会ってから、私たち夫婦や家族は本当に救われたが、「これらの社会問題まで終わらせることが出来るのか」と言う疑問が最後まで残った。

しかし、もう一度ミロスのシステムから見ると、自分が見る世界・宇宙はすべて自分の内側が映っている。
私が外側の世界に見る“争い”や“不幸”や“悲しみ”は私の内側。
「おう、そうであったのか。分かる分かる。その通りだ」
それらは、私の中で、まだ終わっていなかっただけでなく、それらをバネに頑張って強い人間になろうとしてきたのだ。

そして、“自分が救われてなかったから”、“人を救おうとしてきた”のだ。
それは義務感にまでなっていた。
“人を救う”というのが自分の“存在意義”になり、密かなプライド、優越感にもなっていた。
この、“こだわり”がないと生きて来れなかったのだ。
これが今までの私の人生の全てだったのだ。「フウーッ」と大きなため息。

ミロスのシステムから見れば、私たちはみんな生まれた時から、あるがまま、完璧な存在、満ち足りた、幸せな、歓びの存在だったのだ。
凄い、凄い、凄い。ああ、有り難い。
すばらしいシステムの中に生かされていたのだ。

気付かなかっただけ。今やっと分かった。ただただ感謝が溢れてくる。
今「お袋、親父、産んでくれ、育ててくれてありがとう。元々みんな完璧やったんや、幸せだったんや。これから一緒に幸せを味わっていこう」と呼び掛けている自分がいる。

そしてアメリカ大統領のシリア攻撃決定のニュースが流れた時、ブッシュ政権のイラク攻撃の時のような怒りや、焦燥感は不思議に湧いてこなかった。全てを、システムを理解して生きようと思った。この感覚も私にとっては、最近の感覚である。

日本国憲法には「この永久の権利である基本的人権は国民の不断の努力により保持しなければならない」と書かれている。これはフランス革命や、アメリカの独立戦争以来の市民革命の精神だ。

日本の明治維新も、志士たちの命をかけた戦いにより生み出されてきたと考えてきた。
私はこの原理を信奉してきた。
「社会は人々のアクティブな働きかけによって生み出される。私たちは主体的に社会形成にあたらなければならない」と考えてきた。
その様に生きて生きた。教師として子どもたちにも熱心に伝えてきた。
しかし最近感覚が変わって来ていた。
その背景には実は、システムがあった、と感じるようになってきていたのである。

そして15日、私が目にしたのが、「シリアへの攻撃回避」という嬉しいニュースであった。

実はもう一つの社会問題も、ただ、システムを理解して生きるというスタンスでいると、私の目から消えるという体験をした。

福島の原発事故で「大量の放射能に汚染された瓦礫を全国の他府県でも受け入れて、焼却処理する」という計画が持ち上がった。
しかし、そうすると放射能が全国に拡散され汚染される恐れがある。
だから瓦礫の焼却はやめて、福島でその瓦礫を海側の防波堤にすることで活用しようと市民の動きが全国に広がった。
運動の中心の大学教授が逮捕され、長期拘留されると言うことも起こった。
脱原発運動をしていた私の知り合いも多く関わっていた。私にも運動への参加の誘いがあった。

しかし、私は、「只、見るだけに徹しよう、全てをシステムに委ねようと決めた」そうしていると、こういうニュースを聞いた。
「瓦礫の必要な焼却は、全て福島で行うことが出来ることが分かってきた。
他府県での焼却処分は必要なくなった」というニュースだ。

さらに、「陸上の放射能汚染を解決する方法が見つかった」というニュースも合わせて届いた。
高嶋総合開発工業という企業の技術を使った実験、川俣町の牧草地5000坪で地中に存在する耐性放射能細菌を活性化させるために酵素を散布するという実験を行った結果、3カ月でセシウムが4分の1に減少したというものだ。
限りなくうれしいニュース。

この二つの体験を通して大きな社会問題にも、全てがシステムにあてはまっていることを実感した。

このことから、私は自分を退け、外側に向かって何とかしようとするのをやめ、「システムで生きるということを、私の生き方にしていく」とはっきり決めた。
何が起ころうと、全てを「あっそうか」とただ見るだけ。
悲しみが生まれれば味わい切ればいい。今を楽しめばよい。したいことだけしていればよい。
システムで生き、信じさえすればいい。そうすれば救いは自ずから起こる。このことを実感した。

今なんとも言えない解放感にひたっている。こんな世界があったのだ。
求め続けていた自由を得た。問題を拾い集めつづけ、楽しむことを罪悪視し、義務感で生きて来た今までの人生がすべてバラバラに崩れ去っていく。
それを心地よく見ている。外に向かって「自分が何とかしなければ」「自分が救わなければ」はエゴだった。
今までの我が人生、本当に本当にごくろうさん。何か笑えてきてしまう。

今日は私の解放記念日。妻も側にいてくれています。同じ目的に向かって歩き始めました。今、完全に解放されたのです。